海兵隊輸送機オスプレイ(写真:米海兵隊)
 日米首脳会談を終えて安部総理とオバマ大統領は「日米同盟の抑止力が一層強化されるであろう」と評価した。
 この会談において、安倍首相は、沖縄の普天間海兵隊航空基地の移設問題にも言及し、「“抑止力を維持する”ために、危険極まりない普天間航空基地から危険性が低くなる辺野古の新設航空基地に海兵隊(アメリカ海兵隊「第3海兵遠征軍」主力)を移転させる」という論理に立脚して、不退転の姿勢でもって辺野古航空基地の建設作業を推し進めることを約束した。

辺野古移設で実際的な抑止力は低下する

 果たして日本政府が主張するように、辺野古航空基地に海兵隊が移転することは「抑止力が維持される」ことになるのであろうか? 日本側が期待している在日アメリカ海兵隊の戦闘能力という純軍事的な側面のみに焦点を絞るならば、「抑止力は低下する」ことになる。
 普天間航空基地には、「第1海兵航空団」のうち回転翼飛行部隊、つまりオスプレイ部隊と輸送ヘリコプター部隊が配備されている。
 
第1海兵航空団の一部門であり長年にわたって普天間を本拠地にしてきた「給油輸送航空隊」(大型輸送機、空中給油機を使用する部隊)は、2014年夏に岩国航空基地に移駐した。その岩国航空基地には、やはり第1海兵航空団の一部である「戦闘攻撃飛行隊」(戦闘機や電子戦機を使用する部隊)が配備されている。
 本来は、第1海兵航空団のヘリコプター部隊、オスプレイ部隊、戦闘機部隊、給油輸送機部隊などは、1カ所(あるいは近接エリア)に集中して配備されていることが望ましい。しかし以前より、戦闘機部隊だけは岩国基地に切り離されて配備されるという変則的状態が続いていた。それが、近い将来の辺野古移転に備えるとともに、普天間基地反対勢力の海兵隊に対する反感を少しでも和らげるために、給油航空隊も普天間から岩国に移転したのである。その結果、第1海兵航空団の回転翼飛行部隊は普天間に、固定翼飛行部隊は岩国に、とおよそ1000キロメートル隔てた遠隔地に分散配備されることになってしまった。
海兵隊輸送給油機(写真:米海兵隊)
 ただし、海兵隊はいまだに2700メートル滑走路のある普天間航空基地を使用しているため、岩国を拠点にしている海兵隊戦闘機や大型輸送機などの固定翼機は、アメリカ空軍などとの調整なしに沖縄に飛来することができる。しかしながら、1500メートル滑走路の辺野古基地では、戦闘機はもちろん大型固定翼機を運用することはできなくなる(海兵隊給油輸送機は1500メートル滑走路ならばギリギリの状態で離着陸は可能であるが、万一の事態には全く余裕がなくなってしまう。そのため、平時においては、それも沖縄では、1500メートル滑走路での大型機の運用は論外、ということである)。
 したがって、海兵隊の辺野古移設後は、第1海兵航空団は完全に回転翼機部門と固定翼機部門が大きく分断されてしまうことになる。このように第1海兵航空団が分散配置(それも1000キロメートルもの遠隔分離)されることにより、第3海兵遠征軍の作戦能力は大幅にダウンすることになる。

機能しなくなる海兵隊の作戦組織構造「MAGTF」

 そもそも、現在のアメリカ海兵隊は、自らが生み出した「MAGTF」(マグタフ)という作戦組織構造を最大の特徴としている。このMAGTFの原理を理解しなければアメリカ海兵隊を理解することは不可能と言える。しかし、海兵隊幹部たちが口癖のように「MAGTFはアメリカ政府や政治家、それに他の軍種でも理解されにくい独特の仕組みであるため、日本で理解されていなくても仕方がない」と指摘しているように、日本では理解されているとは言いがたい。
 MAGTFというのは "Marine Air-Ground Task Force" の略称で、「海兵空地任務部隊」などと訳されている。これは、アメリカ海兵隊があらゆる作戦任務に従事する際に「司令部部隊」「陸上戦闘部隊」「航空戦闘部隊」「兵站戦闘部隊」の4部門から構成される作戦部隊によって出動するという原則である。
 最も小さい海兵隊作戦部隊は「特殊目的海兵空陸任務部隊」(SP-MAGTF)と呼ばれており、他国軍隊との合同訓練や比較的小規模な人道支援災害救援活動などに派遣される。
 次に規模が小さい作戦部隊は「海兵遠征部隊」(MEU)と呼ばれており、最大でも2000名規模の部隊である。アメリカが軍事紛争に介入するときの先鋒として派遣されたり、人道支援災害救援活動に派遣されたりするほとんどの海兵隊部隊がMEUである。東日本大震災の時、東南アジアから駆けつけた救援部隊もこのMEUであった。
 最大1万5000名規模の比較的大きな作戦部隊は「海兵遠征旅団」(MEB)と呼ばれており、最も大規模な作戦部隊が「海兵遠征軍」(MEF)で最大編成9万名の大規模作戦部隊ある。この規模になるとアフガニスタン戦争やイラク戦争といった本格的戦争への出動ということになる。
 これらの、どのような規模の海兵隊作戦部隊であろうとも、司令部部隊、陸上戦闘部隊、航空戦闘部隊、兵站戦闘部隊の4部門から構成されているのが、MAGTFの特徴であるそして、沖縄を本拠地に常設されている第3海兵遠征軍(III-MEF)の航空戦闘部隊が第1海兵航空団なのである。したがって、辺野古移設によって第3海兵遠征軍の航空戦闘部隊は完全に分断されてしまうことになるのだ。MAGTFは4つのいずれの構成要素を欠いても機能しないのであるから、第1海兵航空団が1000キロメートルも引き離されてしまうことは第3海兵遠征軍にとっては大きな痛手となる。
 また、第3海兵遠征軍のみならず、沖縄を本拠地にしている海兵隊が様々な規模のMAGTF部隊を編成して出動する際には、どのような規模の部隊でも第1海兵航空団から抽出される航空戦闘部隊が構成要素となる。そのため、小規模武力衝突から大規模な戦争まで、あるいは小規模な人道支援活動から大規模災害救援活動まで、沖縄の海兵隊が投入されるあらゆる作戦行動において、航空戦闘部隊が分断されていることが足を引っ張ることは避けられない。
米海兵隊にとって航空機は「靴」のような存在である(写真:米海兵隊)
 このように純軍事的に考えると、辺野古移設は海兵隊の最大の武器であるMAGTFを弱体化させることになるのだ。そして、海兵隊が沖縄を本拠地にしていることが日本にとって抑止力となっているのならば、その抑止力の戦闘能力を低下させる作業が辺野古移設なのである。

シンボリックな抑止力は残存する

 ここで確認しておかねばならないことは、アメリカ海兵隊・第3海兵遠征軍が沖縄を本拠地にしていることは、日本にとって抑止力となっているのか? そして、そうならばなぜ? という基本中の基本の問題である。
 二者択一的に言うならば「抑止力になっている」と言えよう。ただしその理由は、日本でよく言われているように「万一、中国の人民解放軍が尖閣諸島を占領してしまっても、沖縄に海兵隊が陣取っていれば海兵隊が自衛隊の尖閣奪還作戦に参加することになるため、中国はそのような事態を警戒して尖閣侵攻を差し控えるに違いない」といったものではない。