国防総省は、具体的にどの組織に武器を支援したか、発表することを拒んだ。これまで何度も書いてきたが、実のところシリアの反政府武装勢力の中に「穏健派」などおらず、穏健派に支援された武器の大半は、ISISやヌスラといった過激派のテロリストの手に渡る(残りはクルド人組織に渡されている)。米国が追加供給した50トンの武器の大半は、ISISやヌスラに渡されている。
>これではアメリカ主導のISIS掃討作戦はうまくいくはずがない。
ロシアがその代わりをやってくれるだろう。
まさかの電撃訪問…勝ちが見えてきたロシアのシリア進出
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内戦が続くシリアのアサド大統領が、20日にモスクワのプーチン大統領を電撃訪問しました。アサド氏は露軍の空爆についてプーチンに感謝の意を表明したとのこと。混乱が続く最中のシリアで、一体何が起きているのでしょうか? 『田中宇の国際ニュース解説』では海外の報道をもとにシリア情勢を分析しています。
勝ちが見えてきたロシアのシリア進出
ロシア軍、アサド政権のシリア政府軍、イラン系のシーア派の軍隊(イラン系民兵団とレバノンのヒズボラ)が、合同してシリア第2の都市アレッポを攻略し、ISIS(イスラム国)やアルカイダ(ヌスラ戦線)といったテロリストから奪還しようとしている。シリア政府軍とシーア派が地上軍としてアレッポに進軍し、それをロシア軍が空爆で支援する。アレッポ周辺は、東側をISIS、西側をヌスラなどアルカイダ系の諸勢力が支配している。アレッポの南隣の県であるイドリブでも、攻防戦が起きようとしている。
アレッポを取り戻すことは、アサド政権にとって非常に重要だ。アレッポを奪還すれば、シリア西部の人口密集地(ダマスカス、ホムス、ハマ、アレッポ、ラタキアをつなぐ地域)の統治を回復できる。トルコ国境に近いアレッポ周辺を占領するISISやヌスラは、以前からトルコ当局の支援を受けている。トルコの諜報機関は、ISISなどを攻撃するふりをして強化してアサド政権打倒の道具に使おうとしてきた米国の戦略に協力し、ISISなどに武器や食料、資金を供給してきた。
トルコ当局は、欧州や中央アジアなど外国からISISに参加するイスラム過激派がトルコ国内を通ってシリアのISIS本拠地に行くことも容認・支援してきた。トルコからISISやヌスラへの支援は、アレッポ周辺のトルコ・シリア国境を通じて行われてきた。シリア露イランの連合軍がアレッポを奪還すると、トルコ・シリア国境を占領していたISISやヌスラが追い払われ、トルコのテロ支援の補給路が切断される。ISISやヌスラは、トルコからの補給なしにやっていけない。その意味でも、アレッポ攻略はアサド政権にとって重要だ。
ロシアもイランも、アレッポ周辺の攻略を重視している。9月末からシリアでテロ組織の拠点を空爆をしているロシア軍は、戦闘機が発進するラタキアなどの滑走路を増設し、これまで1日30-50回だった出撃回数を200-300回に急増し、ISISやヌスラの拠点空爆を広げている。
イランはこれまで、シリアへの軍事支援を目立たないようにやってきた。だが今回は、イランのシリア派兵軍の最高位であるスレイマニ司令官がアレッポ近郊のイラン系軍隊の拠点を訪問し、指令や鼓舞をしている写真をイラン側が公開し、イランがアレッポ攻略に力を入れていることを示した。アレッポ攻略は、イランによるシリアでの過去最大の軍事行動になると予測されている。
・Syrian Showdown: Russia, Iran Rally Forces, US Rearms Rebels As “Promised” Battle For Aleppo Begins
テロリスト退治に力を入れるシリア露イランに対抗し、テロリストを支援している米トルコ側も、アレッポ防戦に力を入れている。米国防総省は、新たに50トンの武器(対戦車砲など)を「シリアの穏健派反政府武装勢力」に支援したと発表した。しかし、国防総省は、具体的にどの組織に武器を支援したか、発表することを拒んだ。これまで何度も書いてきたが、実のところシリアの反政府武装勢力の中に「穏健派」などおらず、穏健派に支援された武器の大半は、ISISやヌスラといった過激派のテロリストの手に渡る(残りはクルド人組織に渡されている)。米国が追加供給した50トンの武器の大半は、ISISやヌスラに渡されている。
米国が支援した武器は、トルコ経由でアレッポ周辺のISISやヌスラの拠点に流入している。米軍が供給した対戦車砲(TOWミサイル)は、シリアの反政府諸勢力が持っている最強の武器だ。アレッポと並んで戦闘が激化しそうなイドリブでは、大勢のテロ組織の義勇軍が到着したとシリアの諜報機関が伝えている。彼らは、欧州やイスラム世界の各地から、トルコ経由で入ってきた勢力であると考えられる。
だが、米トルコから武器や兵力を追加供給されても、ISISやヌスラは、シリア露イラン連合軍に勝てそうもない。露軍の空爆が始まって3週間が経ち、露軍は、米軍の司令官や軍事分析者が「露軍は、思っていていたよりかなり技能が高いことがわかった」と米国のマスコミに漏らすほどの巧妙さで、シリアを空爆している。露軍の強さを知ったISISの前線の兵士が、上官の命令を無視して逃げ出しているとの指摘もある。ISISやヌスラの兵士は、ひげをそり、顔を全部覆う黒いベールをかぶって女性のふりをして越境し、トルコに逃げ出しているという。
ISISとヌスラはこれまでライバルどうしであるということになっていた。だが、露軍の諜報担当によると、シリア露イラン軍の攻撃に対して劣勢であるので、両者は最近、軍事的に協力することを模索している。ISISもヌスラもサウジアラビア系のワッハーブ派の原理主義的なイスラム信仰を信奉しており、両者が敵対するライバルどうしだという話は、もともと米国が流したプロパガンダの疑いがあった。ここにきて両者はプロパガンダ上の有利さを捨て、軍事協調することにしたようだ。
きたるべき天王山的なアレッポの戦闘で、シリア露イラン軍が、テロリスト軍に簡単に勝つとは限らない。露政府は空爆開始当初、空爆は3-4カ月で終わらせられると発表していたが、最近、1年以上かかるだろうと言い出し、期間を大幅に延長した。期間延長の理由について、露政府は何も言っていない。
苦戦するとわかったからでないかという見方が、ロシアを強いと思いたくない傾向が強い米国で流れている。米国では「イスラム世界の全域で、ISISやアルカイダを支持する原理主義の若者が大勢いる。露軍は、無限の兵力を持つ軍勢と延々と対峙することになる」という見方も出ている。
シリアでの戦闘が何年も続き、ロシア人の戦死者と、シリア市民の犠牲者数がどんどん増えると、プーチン政権にとって死活問題になる。だが、露軍のシリア進出は、シリア政府の要請に基づく国際法的に正当なもので、しかも空爆のみで地上軍の派兵をしない(地上軍の兵力は、イランがシーア派地域で集め続ける)ので、米国のイラク戦争のような政治的に悲惨な事態にはなりにくい。
露メディアでプーチン批判が比較的強いリベラルなモスクワタイムスによると、露軍のシリア進出費用は今のところ1日あたり400万ドルだ。1年分で約15億ドルだ。ロシアの防衛予算は年に500億ドルなので、15億ドルは大した額でない。米軍のイラク戦争(03-08年分)は、1日平均4億ドルかかっていた。露軍シリア進出は、その100分の1の費用しかかかっていない。露軍がシリアで使っている爆弾の多くは昔の非誘導型で、ソ連時代に作られた長期在庫品だ。
米軍の「強敵」だったシリアのテロ組織を、露軍が短期間に駆逐するのを見て、米国製より安いロシアの兵器を買いたがる国が世界的に増えそうだ。ロシアの兵器販売は年間155億ドルで、売り上げが少し増えるだけで、シリア進出費(年15億ドル)がまかなえる。シリア進出はロシアにとって儲けになりそうだと、リベラルなモスクワタイムスでさえもが示唆している。
こうした分析を読んで、反露派や反戦派はご立腹かもしれない。だが露軍の進出は、シリア政府の要請を受けて「極悪」のテロリストを退治する合法的な活動だ。シリアやイラクの人々は露軍を歓迎している。国境なき医師団がTPPに反対しているからといって、アフガニスタンの彼らの病院をわざと空爆し、証拠隠滅のために事後に戦車を派遣して追加の破壊までした米国の方が、ロシアよりはるかに「悪」である。そもそも米軍がISISやアルカイダをこっそり支援しなければ、露軍のシリア進出もなかった。
アレッポの戦いは今後3週間から3カ月ぐらいの間にシリア露イラン軍の勝利になる。露軍が空爆頻度を上げたのは、米トルコからの追加支援が増える前にテロリストを倒したいからだろう。アレッポが奪回され、トルコからのテロ補給路を絶てば、ラッカを中心とするシリア東部のISISは弱くなり、イラクに越境逃避するだろう。この時点で、シリアは内戦後の再建と政治協議の時期に入り、戦闘の中心はシリアからイラクに移る。イラク政府はすでに露軍の空爆支援を受けたいと公式に表明している。
シリアではISISが東部地域を乗っ取ったかたちだが、イラクではフセイン政権が米軍に倒された後、国民の2割強を占めるスンニ派がずっと冷遇弾圧され、その不満の上にISISが登場している。イラクのISISを解散させるには、多数派のシーア派が政権をとった今のイラクで、スンニ派の不満をどう軽減するかという政治問題を解決せねばならない。そこまで考えると、シリアだけなら3-4カ月で終わる露軍の駐留が、イラクを含めて1年以上に延長されることが説明できる(そうでなくて、今は顕在化していない新たな軍事的な障害があるのかもしれないが。予測の間違いがわかったら、その時点でまた分析を書く)。
……ここまで書いたところで、シリアのアサド大統領が10月20日に突然モスクワを訪問してプーチンと会ったという報道に出くわした。アサドが自国を離れるのは2011年の内戦開始以来初めてだという。アサドは露軍の空爆についてプーチンに感謝の意を表明した。これはまるで、すでにシリア露イラン軍がアレッポの戦いで勝ってテロリストから街を奪還したかのような展開だ。
アレッポで苦戦しそうなら、アサドはシリア国内にはりついて指揮するはずだ。自国を離れてロシアまでやってくる余裕はないし、プーチンに礼を言うのも早すぎる。すでに露シリアの側がテロリストに勝って内戦を終結させる見通しがついていないと、アサドがモスクワに来てプーチンに謝意を述べることはない。すでにシリア露イランは、この戦いに勝っている。アレッポの戦いは意外と早くけりがつき、ISISやヌスラの敗北が決定的になりそうだ。
イラクでは議会が、ロシアにISISの拠点を空爆してもらうことを依頼する決議を10月中に可決することをめざしている。米軍司令官はイラクのアバディ首相に会い「露軍に支援を頼むなら、米軍はもうイラクを支援しない」と通告した。アバディは「ロシアに支援を頼むことはしません」と述べたようだが、これは口だけだ。イラク軍の司令官は「役に立たない米軍の支援を受ける必要はもはやない」と断言している。
ISISを空爆するふりをして温存(支援)してきた米軍より、きちんとISISを短期間で潰してくれる露軍の方が頼りになるに決まっている。露軍がイラクに入るとともに米軍がイラクと疎遠になる転換点が近づいている。米国は、巨額の戦費と多くの戦死者を出して占領したイラクから、いとも簡単に出ていき、ロシアに漁夫の利を与えようとしている。
シリア露イランがISISやヌスラを退治すると、中東の政治情勢が大きく変わる。中東に対する米国の影響力が大幅に低下する。そもそもロシアをシリアに呼び込んだのは、ケリー国務長官を何度もロシアに派遣してプーチンを説得させたオバマ大統領である。米国中枢で、国防総省(軍産複合体)はこっそりISISを支援してきたが、オバマは対抗してこっそりプーチンやイランを扇動(怒らせてけしかけることを含む)してきた。米国は全体として、ロシアが中東政治の主導役をやることを容認する傾向を増している。この転換は、国際政治の全体に対し、長期的に大きな影響を与える。米国覇権の崩壊と、多極化の加速が起きる。これについては改めて書く。
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