ロシアが送る日本への秋波
中国との対等な関係を維持することがままならないうえ、安全保障上の懸念も増大しつつある。そこで、ロシアは、中国の伝統的なライバルであるインド、さらには南シナ海の領有権問題で中国と対抗するベトナムとの戦略的関係を強化している。
中国より先行するインドとの軍事技術協力では、第5世代戦闘機の共同開発などが進められている。ベトナムには、キロ級潜水艦6隻の売却や原子力発電所の建設、かつてソ連の軍事基地があったカムラン湾をロシア海軍の補給拠点として再生することが決まった。対等性を失いつつある中国とのハイレベルの戦略的連携を維持するためには、中国と距離を置く諸国との関係を強化して、ロシア外交のバランスを保つ必要があるのだ。この傾向は、中国が台頭すればするほど今後も強まるであろう。
日本に対して、プーチンが領土問題解決に前向きな姿勢を示しているのもこのためだ。11年9月にプーチンが大統領選挙への出馬表明を行って以来、日露間の首脳会談や外相会談において、日本との安全保障協力をしきりに求めるようになっている。
昨年9月の日露首脳会談においても、アジア・太平洋地域の戦略環境の変化を踏まえて、北極協力をはじめとした「海をめぐる協力」を具体化する方針が確認された。これを踏まえて、10月下旬にプーチンの最側近であるパトルシェフ安全保障会議書記が来日し、日本との間で安保協力を前進させることで合意した。
ロシアの海上安保協力は、米国にも向けられている。昨年6月、米海軍がハワイ沖で主催した環太平洋合同演習に、初めてロシア太平洋艦隊が正式参加するなど、米露間の海洋協力も新たな段階を迎えている。
ロシアは中国の海洋進出が将来的に北方にも広がると認識しており、日米との海洋安保協力を求める誘因となっている。しかし、日露の安保協力は、同盟国ではないことに加えて、日本国内でも抵抗感が根強く、自ずと限界がある。何より、中露関係を毀損してまで、ロシアが対日接近することも想定されない。
ロシアの多くの識者が指摘するように、現時点でプーチン自身も明確な対中戦略を有しておらず、日米と中国との関係において、ロシアが自らの立ち位置を模索する中途半端な状態が今後も続くと予想される。こうした状況下で、対中牽制で日露連携というロシア側からの誘いに応じると、肩すかしを食らうであろう。
4月下旬、モスクワで安倍首相とプーチン大統領による首脳会談が予定されている。日本の首相としては、10年ぶりのロシア公式訪問となる。
残念ながら、領土問題の進展は期待薄である。両国の主張に隔たりが大きく、政治的妥協も許されない国内環境が双方に存在するからだ。特にロシアは「反プーチンデモ」が行われるなど、国民の支持を得られているとは言い難い状況にあり、そうした中での領土問題の譲歩は、致命傷にもなりかねないからである。
軋む中露関係を背景に、ロシアは今後も日本との関係強化を求めてくると予想され、日本側が領土問題で拙速な対応を行う必要もない。中露関係の帰趨をしっかり見定めて、それが日露関係に及ぼす影響を冷静に分析することの方が先決だ。
そのためには、二国間関係のみを切り取るのではなく、俯瞰した戦略的視点が必要となる。今回の日露首脳会談の「地ならし」として、2月に森喜朗元首相がプーチンと会談したが、民主党政権下でも森元首相が特使として起用された。これは他に人材がいない証左でもある。戦略的視点を備えた次世代の対露交渉のキーマンを育成することが、領土問題解決の近道ではないだろうか。
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