アメリカはいざという時は当てにはならない。
日米両国政府は4月27日ニューヨークでの日米外交・防衛担当閣僚会合(2+2)で「日米防衛協力のための指針」(ガイドラインズ)の改定で合意した。
多国間共同訓練RIMPAC2014(写真:海上自衛隊)
日本の新聞・テレビでは中国の軍事的台頭に対し、日米同盟が強化されたような報道が多いが実際はそうではない。米国は新指針の公表前に中国に内容を知らせてご機嫌取りに努めたし、日本に対する着・上陸作戦の阻止、排除などに自衛隊が“Primary Responsibility”(一義的責任)を負うとする条項は変わらず、仮に米軍が何もしなくても責任を問われない形になっている。他方、その適用範囲は従来の「極東」や「アジア・太平洋地域」を超えて「グローバル」となり、外国軍の艦船、装備の防護、輸送・補給などの後方支援をどこでも行うことになった。
日米安保条約第5条では「日本国の施政の下にある領域」に対する攻撃があれば日米が共同行動を取ることになっている。国会はこれを承認し、天皇の認証を得て批准書を交換したのだから、条約と大きく異なる内容の合意を政府がして良いとなれば、国会の承認や批准は無意味になる。日本が攻撃されていないのに、自衛隊に海外で他国軍と共同行動を取らせようとするのならまず安保条約を改定するのが筋だろう。
「中国を牽制」どころか、
米国は事前に中国にお伺い
指針改定発表の翌々日、4月29日の東京新聞は朝刊3面に2段で「中国、米から事前通知」と伝えていた。28日の中国外務省の定例記者会見で新華社の記者が「日米の新たな防衛協力の指針について、米国は公表前に中国に通知していたのか」と質問したのに対し、洪磊・報道官が「米国側は指針発表前に中国に通知した。中国は釣魚島などの問題に対する厳正な立場を再度伝えた」と答えた、との記事で、これは他紙には見当たらなかったが、中国外務省のホームページでも記者会見の内容が出ていた。中国外務省としては、米国との関係が親密であることを内外に向けて示したかったのだろうが、米国が好意的に事前に通知して来たことを自ら発表するのは非礼だから、記者に質問して貰い、それに答える形にしたのだろう。
日本では「同盟強化で中国を牽制」との報道が多いが、牽制するはずの相手に発表前に指針を見せて機嫌を取るのでは牽制にならない。米国は中国、日本の双方に良い顔をしたいのだ。
これはさほど驚くべきことでもない。2013年10月3日、東京での「2+2」で防衛協力の指針の改定をすることを決めた際にも、日本側が準備した共同発表の草稿に「中国」や「東シナ海」の語が多く入っていたのを米国側がほぼ全て削除し、唯一残ったのは、中国に対し建設的な役割を求める、との趣旨の個所だけだった。米国は指針改定が中国に向けたものではないことを中国に説明し、日米同盟には日本の軍事大国化を防ぐ効果がある、と以前から力説しているから、新たな指針を発表する前に中国に見せることはむしろ首尾一貫した行動かもしれない。
米国側の責任回避の本質は
前回の指針となんら変わらず
新指針で「周辺事態」での協力を削り「グローバル」な協力に変えたのも、中東などでの日本の共同行動を求めると同時に、中国を対象としていないことを示すものとも考えられる。日本は米国との同盟強化で中国の台頭に対抗しようとして、日本以外の地域での米軍のアセット(艦船、航空機などの主要装備)の防護や後方支援、掃海、船舶の臨検への協力などなど、安保条約にない行動を取ることとし、そのリスクを負うことになるが、今回の指針改定で米国から得た新たなコミットメント(約束)は無きに等しい。
従来の指針では日本に対する武力攻撃が起きた場合の作戦構想の中で、自衛隊が防空、周辺海域での船舶の保護、着・上陸侵攻の阻止、排除などにPrimary Responsibility(一義的責任)を有する、と定めていた。どの国でも軍が自国の防衛に一義的責任を負うのは当然で、この言わずもがなの条項は、もし何らかの事情で米軍が日本防衛に当たらなくても「一義的責任は自衛隊にあると書いてあるではないか」と言えるようにしたようだ。
だがそれを明確に日本国民に示すと「ではなぜ米軍を駐留させ、経費の大部分を日本が負担しているのか」との疑問が当然出るから、邦訳では自衛隊がそれらの作戦を「主体的に実施する」と訳してごまかした。この一義的責任条項は防衛官僚の間でも問題視する声があったが、今回の指針改定でも残り、弾道ミサイル防衛についても自衛隊が「主体的に実施」と追加された。
新指針では「島嶼防衛が明記された」と政府は言い、報道もそう伝えるが、指針では「自衛隊が島嶼に対するものを含む陸上攻撃を阻止し、排除するための作戦を主体的に実施する(英文ではもちろん「プライマリー・リスポンシビリティを負う」とある)とし、自衛隊が水陸両用作戦などを行うことを書いている。米軍は「それを支援し及び補完する」だけだから従来以上の役割を負う訳ではない。
また前回の指針では外国での戦乱の際に非戦闘員を避難させる際、「日米両国政府は自国の国民の退避及び現地当局との関係について各々責任を有する」としていた。朝鮮半島有事の際、韓国から避難する米国民間人を日本が受け入れ、保護するよう米国は求め、日本も協力を決めたが、在留日本人の救出や韓国政府との交渉は日本政府の責任で、米国は「適切と判断する場合には(つまり余裕がもしあれば)協力する」となっていた。
当時、政府・自民党の中でも「これはおかしい」との声が高く、米国と交渉したが相手の態度は硬かった。今回の指針でも、「各々の政府は自国民の退避および現地当局との関係の処理について責任を有する」、「適切な場合に協力する」とし、前の指針と基本的には変わっていない。
米中は絶大な相互依存関係
お互い衝突は絶対に避けたい
米国にとり中国は①米国債1兆2000億ドル余(日本とほぼ同額)を保有し米国財政を支えている ②3兆9000億ドル(日本の約3倍)の外貨準備の大半をウォール街で運用し、米国金融、証券業の大顧客 ③米国製旅客機を毎年約150機も輸入し、米航空機産業の最大の輸出先 ④米国系メーカーの乗用車が昨年234万台も売れた大市場――などの事情から良好な関係を保ちたい国で、日本との防衛協力の指針とか尖閣諸島問題などで中国と対立したくないのは当然だ。
中国にとっても米国は最大の輸出市場、最大の融資・投資先で、両国間には絶大な相互依存関係があり、米中が衝突すれば双方が大打撃を受ける「経済的相互確証破壊」(かつて米ソ間には核による「相互確証破壊」があった)が成立している。両国を主要な取引先とする日本にとっても米中が衝突して経済が大混乱になっては致命的だから、米国が「指針」を事前に中国に提示して機嫌を取ったくらいのことは苦笑して済ますほかない。
だが米国では、中国が南シナ海の南沙諸島で大規模な埋め立てを行っていることに対し、飛行場を造成しようとしているとの疑いが強まっている。中国の弾道ミサイル原潜は従来は黄海の奥、渤海湾を基地としていたが、水深25m程度で浅すぎるため、海南島の三亜に潜水艦基地を建設しており、それを守るため南シナ海を囲むように飛行場を造るのではないか、との疑念だ。
現在中国の晋型ミサイル原潜が搭載している弾道ミサイル「巨浪2」は射程8000kmで、南シナ海から米国東岸へは14000kmだから届かないが、やがては射程が伸びることは考えられるから、米海軍は念のため中国原潜の行動や、水中の音波伝播状況(対潜水艦戦に重要)を調べようとして、艦艇、航空機などを南シナ海に送り込み、2001年4月に海南島沖で米海軍の電子偵察機EP-3Eが中国のF8II戦闘機と空中衝突する事故も起きた。
習近平主席は新型大国関係(不衝突、不対抗、相互尊重、合作共栄)を唱え、オバマ大統領もそれに同意しているが、どの国でも軍人は存在価値を示すため、脅威を強調し、抑止力の重要性を訴えるものだ。中国によるサンゴ礁の埋立てが米中対立の火種となるおそれは否定できない。米第7艦隊司令官ロバート・トーマス中将は今年1月、ロイター通信の記者に対し「海上自衛隊の南シナ海哨戒への協力に期待する」と語った。
南シナ海で紛争が起きても
シーレーンへの影響は軽微
日本でも「南シナ海は中東からのタンカーが通るシーレーン。それがおびやかされるのは国の存立危機事態だから、米海軍に協力すべきだ」との説が出る。だが、もし南シナ海で紛争が起きれば、中東から日本に向かうタンカーはインドネシアのバリ島の東ロンボック海峡を抜け、フィリピンの東を通ればすむ話だ。約1500km遠回りになり3日程航程が伸びるが、30万t級(32万キロリットル積み)の大型タンカーの燃料費は1日約500万円、外国籍船のチャーター料は人件費などを含めて300万円程だから、往復で6日伸びても約4800万円、1隻が3億2000万リットルの原油を運ぶからリットル当たり15銭の増に過ぎない。
30万t級のタンカーの乗組員は標準で23人だから1人当たり1万4000キロリットル、速度は約15ノットとして1日660キロを運べる。陸上でのタンクローリーにくらべ1tを1km運ぶコストは600分の1に近い安さだ。船のチャーター料金は需給や投機家の思惑で激しい乱高下をするが、それが船会社の経営を左右はしても、そもそも海上の運賃自体が安いため各国の経済にひびく程ではなく、一時的に高騰しても騒ぎになったことはない。
資源の乏しい日本が工業で成功した一因は巨大タンカーや鉱石などを運ぶばら積み船、製品輸出のためのコンテナ船の普及で距離がほぼ無視できるようになったことだ。それを考えれば南シナ海で紛争が起きてもそれ自体は「存立危機事態」ではない。米中が万一衝突し、両国の経済が麻痺する方が日本にとって真の危機なのだ。