本当の日本を知って感動する支那人(断っておくが差別用語ではない)。
解放軍の上級幹部にも日本旅行をして欲しいものだ。
日本人を鬼のような国民と誤解をしている支那人(反日教育で)が多すぎ。
成田空港で荷物をなくした訪日中国人、後日、ホテルに送られてきた荷物に書かれていたのは…―中国ネット
配信日時:2015年6月11日(木) 3時17分
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10日、中国のインターネット上に、このほど「日本の良さ」を語る掲示板が登場した。その中で、あるネットユーザーは自身が日本に出張したときの体験談をつづっている。写真は成田空港。
2015年6月10日、中国のインターネット上に、このほど「日本の良さ」を語る掲示板が登場した。その中で、あるネットユーザーは自身が日本に出張したときの体験談をつづっている。
【そのほかの写真】
私が初めて日本に行ったのは出張だった。日本語は簡単なあいさつくらいしかできなかった。何より、飛行機に乗るのさえ初めてだったのだ。新鮮な気持ちで成田空港に降り立ったのだが、そこで問題が起きた。預けた荷物がなくなったのだ。
だが、私は焦らなかった。係員を呼びとめ、つたない日本語で荷物がなくなったことを伝えた。すると彼女は優しい声で私に話しかけてきた。おそらく、私の荷物の具体的な特徴などを聞きたかったのだろう。私が「日本語、できない…」と言うと、彼女はほほ笑みながらカウンターの下から大きなスケッチブックを取り出した。1ページ目にはいろいろな形のスーツケースが描かれていた。この中からなくなった荷物と似たタイプの物を選ぶように、という意味だということはすぐに分かった。
彼女がページをめくると、プラスチック、布、皮…。これは「素材」だ。次のページは「色」、次のページは「鍵のタイプ」、次のページは「内容物」といった具合に進んだ。こうすれば、言葉を話さなくても、なくなった荷物の情報がすべて分かるというわけだ。それから、彼女は私の連絡先を聞き、お辞儀をしながら「ご迷惑をおかけして申し訳ございません」と謝った。私はそれを見て、安心してその場を離れた。
私は同僚が描いてくれた地図を頼りに、バスのチケットを買った。ところが、乗り場まで行くと、バスの運転手は私を乗せてはくれなかった。彼は日本語や英語で何かを説明していたが、私には意味がよく分からなかった。運転手は言葉が通じないと見ると、私のチケットを持って小走りでどこかへ行った。しばらくして息を切らして戻ってくると、私に新しいチケットを渡してくれた。どうやら、チケットの時間が間違っていたようだ。私はその時、心の中で感動した。
そして日本出張の2日目には、空港でなくなった荷物もホテルに届けられた。宅急便で送られてきたようだ。荷物には1枚の紙が貼ってあり、そこには中国語で「すみません、荷物を取り違えました」と書かれていた。(翻訳・編集/北田)
【そのほかの写真】
私が初めて日本に行ったのは出張だった。日本語は簡単なあいさつくらいしかできなかった。何より、飛行機に乗るのさえ初めてだったのだ。新鮮な気持ちで成田空港に降り立ったのだが、そこで問題が起きた。預けた荷物がなくなったのだ。
だが、私は焦らなかった。係員を呼びとめ、つたない日本語で荷物がなくなったことを伝えた。すると彼女は優しい声で私に話しかけてきた。おそらく、私の荷物の具体的な特徴などを聞きたかったのだろう。私が「日本語、できない…」と言うと、彼女はほほ笑みながらカウンターの下から大きなスケッチブックを取り出した。1ページ目にはいろいろな形のスーツケースが描かれていた。この中からなくなった荷物と似たタイプの物を選ぶように、という意味だということはすぐに分かった。
彼女がページをめくると、プラスチック、布、皮…。これは「素材」だ。次のページは「色」、次のページは「鍵のタイプ」、次のページは「内容物」といった具合に進んだ。こうすれば、言葉を話さなくても、なくなった荷物の情報がすべて分かるというわけだ。それから、彼女は私の連絡先を聞き、お辞儀をしながら「ご迷惑をおかけして申し訳ございません」と謝った。私はそれを見て、安心してその場を離れた。
私は同僚が描いてくれた地図を頼りに、バスのチケットを買った。ところが、乗り場まで行くと、バスの運転手は私を乗せてはくれなかった。彼は日本語や英語で何かを説明していたが、私には意味がよく分からなかった。運転手は言葉が通じないと見ると、私のチケットを持って小走りでどこかへ行った。しばらくして息を切らして戻ってくると、私に新しいチケットを渡してくれた。どうやら、チケットの時間が間違っていたようだ。私はその時、心の中で感動した。
そして日本出張の2日目には、空港でなくなった荷物もホテルに届けられた。宅急便で送られてきたようだ。荷物には1枚の紙が貼ってあり、そこには中国語で「すみません、荷物を取り違えました」と書かれていた。(翻訳・編集/北田)
中国人観光客、「ちょっとしたトラブル」に大慌ても、日本の「温かみあるサービスの姿勢」に感心―中国ネット
配信日時:2014年6月5日(木) 6時51分
2014年6月2日、日本を訪れた中国人観光客が、名古屋でトラブルに見舞われた際の様子を自身のブログにつづっている。
【そのほかの写真】
日本に着いた初日に感じたのは、入国から電車に乗るまで安全検査をまったく受けず、スムーズに事が運んだことだった。しかし、空港ではちょっとしたトラブルがあった。飛行機から降りたとき、ちょうどほかの便も到着したばかりで、入国審査の窓口には長い列ができていた。私たちは「外国人入境登記表」や税関の申告書を書くと、荷物を受け取る場所に出た。そこで私はワクワクしていたのか、あるいはボーっとしていたのか、預けていた小さいスーツケースを1つ受け取らずに空港を出てしまった。
その後、私たちは市内に向かう電車の切符を買い、駅の隅で持っていた紙袋の中の物を大きなスーツケースに移し換えたのだが、ここでも小さいスーツケースを忘れたことに気付かなかった。私たちが気付いたのは、電車に乗って1駅が過ぎたところだった。慌てて電車を降り、空港に戻る電車に乗り換えた。駅の自動改札の横に年配の駅員さんがいたため、私は簡単な日本語で事情を説明した。すると、切符も見ずにすんなりと通してくれた。
やっとのことで税関の出口に着いたが、中に入ることはできない。そこで、制服を着た係の人に身振り手振りに日本語と英語を交えながら説明すると、彼はすぐにトランシーバーを使って誰かに連絡した。ほどなく中から女性が現れ、状況を聞き、パスポートを確認すると、私たちを中へと案内してくれた。なくした荷物を探すことひとつ取っても、彼の国の温かみのあるサービスの姿勢は確かに素晴らしいものがある。(翻訳・編集/北田)
【そのほかの写真】
日本に着いた初日に感じたのは、入国から電車に乗るまで安全検査をまったく受けず、スムーズに事が運んだことだった。しかし、空港ではちょっとしたトラブルがあった。飛行機から降りたとき、ちょうどほかの便も到着したばかりで、入国審査の窓口には長い列ができていた。私たちは「外国人入境登記表」や税関の申告書を書くと、荷物を受け取る場所に出た。そこで私はワクワクしていたのか、あるいはボーっとしていたのか、預けていた小さいスーツケースを1つ受け取らずに空港を出てしまった。
その後、私たちは市内に向かう電車の切符を買い、駅の隅で持っていた紙袋の中の物を大きなスーツケースに移し換えたのだが、ここでも小さいスーツケースを忘れたことに気付かなかった。私たちが気付いたのは、電車に乗って1駅が過ぎたところだった。慌てて電車を降り、空港に戻る電車に乗り換えた。駅の自動改札の横に年配の駅員さんがいたため、私は簡単な日本語で事情を説明した。すると、切符も見ずにすんなりと通してくれた。
やっとのことで税関の出口に着いたが、中に入ることはできない。そこで、制服を着た係の人に身振り手振りに日本語と英語を交えながら説明すると、彼はすぐにトランシーバーを使って誰かに連絡した。ほどなく中から女性が現れ、状況を聞き、パスポートを確認すると、私たちを中へと案内してくれた。なくした荷物を探すことひとつ取っても、彼の国の温かみのあるサービスの姿勢は確かに素晴らしいものがある。(翻訳・編集/北田)
<中華ボイス>中国人が驚いた日本人の行動、「初対面でなぜそこまで信用してくれる」―ネットユーザー
配信日時:2014年6月3日(火) 8時0分
2014年6月2日、日本と中国は古くから交流があり、似たような文化を持っているが、日本に訪れ様々な文化の違いに驚く中国人は少なくない。とりわけ日本観光が増えている今ではそういった声が一層多く聞かれている。
【そのほかの写真】
中国ネットユーザーは、「日本に観光した際、用を足したいと思い一軒のスーパーに入った。通常日本のお店には来店客用のトイレがあるのだが、この店にはなかったため、片言の日本語で“トイレは?”と聞いた。従業員は親切にも作業の手を止め、トイレまで私を案内したのだが、そこは商品が山積みにされている倉庫の中の従業員用のトイレだった。すると彼はそそくさと仕事に戻っていった。彼は私を信用したのか、倉庫に私1人を置いてその場を後にしたのだ」と日本での驚きの体験についてつづっている。(翻訳・編集/内山)
【そのほかの写真】
中国ネットユーザーは、「日本に観光した際、用を足したいと思い一軒のスーパーに入った。通常日本のお店には来店客用のトイレがあるのだが、この店にはなかったため、片言の日本語で“トイレは?”と聞いた。従業員は親切にも作業の手を止め、トイレまで私を案内したのだが、そこは商品が山積みにされている倉庫の中の従業員用のトイレだった。すると彼はそそくさと仕事に戻っていった。彼は私を信用したのか、倉庫に私1人を置いてその場を後にしたのだ」と日本での驚きの体験についてつづっている。(翻訳・編集/内山)