シリア問題の本質とは?
本記事はスコットランドのセント・アンドリューズで執筆しています。この7月の初旬に、セント・アンドリューズ大学において世界中のシリア専門家を集めた会議が開催されたからです。筆者も日本から来た多くのゴルファーたちを遠くに眺めながら、この会議に飛び入り参加してみました。
珍しいことに、この大学には数人のシリア研究者を中心にシリアを専門とする研究センターが設立されています。イギリスにいるシリア人ビジネス関係者の支援を受けて、シリア人研究者を集め、隔年ごとに世界のシリア専門家を集めて会議を開催しているのです。今回はちょうどその3回目の会議になります。
幾人ものシリア人やレバノン人のみならず、欧米の専門家やジャーナリスト、外交官などが3日間にわたって喧々諤々と議論を続けました。日本からも中堅若手のシリア研究者が2名参加しました。
結論から言うと、皆が暗黙の内に合意したのは、1つはシリア問題の解決は軍事的には不可能であり、政治的な解決のみしかありえないということと、もう1つは、その政治的解決を今期待することはできないという2つの真実でした。
実はこの6月上旬にエジプトのカイロで開催されたシリアの反体制派各派を一堂に集めた会議で1つの声明が出されました。その中にある次の文章は、シリア問題の本質を明瞭に語っています。
「シリアでの紛争が長引いている原因は、民衆革命とその正当な要求を否定する体制側の主張および血生臭い暴力を増大させる軍事・治安上にある。これに加えて、シリア問題解決に対する国際社会のためらいにある。
シリア問題は、その複雑化と軍事化の双方において著しい変化を遂げてきた。体制側の対応や、過激派およびテロリスト、様々な干渉の結果によって生まれたこの変化は、シリアを地域諸国及び国際的な対立の閉ざされた場へと変質させた。その結果、シリア紛争の性質を暴力と宗派対立に変えてしまった。
この紛争は、シリアと地域全体にとって脅威となり、対峙するいずれの側にとっても軍事的な勝利が不可能となった。紛争は最も不明瞭な構造へと向かいつつある。そこではシリアがその国家、国民を問わず、最大の敗北者なのだ」
このような深刻な問題を抱えたシリア紛争の背景を、改めて一つひとつ解きほぐしてみましょう。
戦いをやめる理由がない戦闘員たち
戦いが続く第1の理由は、現在シリアで戦いを続けている人々には、戦いをやめるという選択肢がそもそもないからです。
アサド体制に反対しているあらゆる反体制派の戦闘員たち、とりわけヌスラ戦線などのイスラム主義勢力は、サウジアラビアやカタールからの支援を受けつつ、さらに戦いを進め自らの支配地域を拡大させることを狙っています。 また、ダーイシュ(いわゆるイスラム国)の戦闘員は当然ながら、過激なイスラム主義をシリア全土に広めんと、あらゆる「異端者」との戦いに従事しています。アサド政権に対してのみならず、場合によっては、その他のシリア反体制派と戦うことにも遠慮はありません。
一方、アサド政権を支持しているアラウィ派の人々の間には、この戦いに負ければ民族浄化の運命が待っているとの恐怖感が支配しています。彼らは、隣のイラクで、サダム・フセイン下のスンニ派のバアス党員たちが、イラク戦争後にどのような運命をたどったのかをよく知っています。
セント・アンドリューズの会議に参加したアラウィ派の青年は、アラウィ派の家族や親族の生命の保証がされない以上、体制を支持する以外の選択肢を選ぶことができるだろうかという疑問を投げかけました。
このように戦いへの強い意志を主要なアクター三者のそれぞれが有する限り、いくら国際社会が政治的な解決しかないことを教え諭そうと、うまくいかないのは当然です。
シリア問題への国際社会の関心の低さ
シリアで戦いが続くもう1つの大きな理由は、国際社会全体のシリアへの関心が残念ながら不十分だからです。世界はすでに多くの問題で溢れかえっています。
そのような状況で、そもそも解決不可能とも思われるシリア問題の核心にエンゲージしようという国際的なモメンタムがないのです。
確かに、国際社会はダーイシュを撲滅することに立ち上がりました。米国を中心とする空爆がダーイシュの伸張をくいとどめていることも確かです。オバマ大統領は7月6日に行われたペンタゴンでの記者会見で、次のとおり指摘しています。
「ダーイシュは、イラクで奪取した地域の4分の1以上を失い、シリアでもコバーニを失くした。最近ではシリア北部でもテルアブヤドを含めて、ダーイシュの根拠地のラッカへの主要な補給線を断つなど、ダーイシュに損害が生じている」
同時に、オバマ大統領は、この戦いが長い戦いになることも率直に認めています。
しかし、ダーイシュを撲滅することと、シリア内戦を終結させることを同時に進めない限り、ダーイシュが力の空白を衝いてその勢力を温存しようとすることも確かでしょう。ダーイシュ撲滅とシリア国家の再生は表裏一体の関係にあるからです。
いずれにせよ、ダーイシュが支配するシリア北東部地域に正統な国家の支配が回復されることが最終的に必要なのです。シリア問題に国際社会が本腰を入れなければ、ダーイシュが壊滅したとしても、その代わりとなる過激なイスラム主義組織が、近い将来に次から次へとシリアから誕生することになるでしょう。
またしても国際社会は、わたしたち自身が最後のつけを払って初めて目が覚めるのでしょうか。今中東や欧州で起きている一連のテロが、大きな悲劇の始まりにしかすぎないことに、誰も目をつぶって見ぬふりをしているように。 もちろん、シリアと国境を接するトルコやヨルダンは、こうした脅威を念頭に国境沿いのコントロールを強化しています。場合によっては最近のトルコの報道にあるように国境沿いにセーフティゾーンを創設することすら真剣に検討されています。
必死のサバイバルを図る地域諸国
シリアで戦いが続く3番目の理由として、地域諸国の焦り、より正確には恐怖があることは否定できません。サウジアラビアやカタールがシリア反体制派、それもイスラム主義勢力にまで様々な支援を強化していることは、今や周知の事実です。これに対して、イランとヒズボッラーは、アサド政権に対して継続的な支援を続けています。
この背景には、明らかに地域の覇権をめぐる争いが地域諸国のマインドセットを支配しています。
新たな武器がシリアに流れ込めば流れ込むほど、戦闘が激しくなるのは当然です。それはいかなる武装組織への供与であれ同様です。すなわち、シリア各派への地域諸国からの支援がシリア国内における宗派対立に油を注ぎ、シリア社会を分裂させ、これまでに存在しなかったレベルでの宗派間の対立感情を高めたのです。
この点でシリア紛争について、最初から訳知り顔でシーア派とスンニ派の宗派対立のせいなのだと説明することは間違いなのです。地域諸国のパワー対立が、結果としてシリアでの宗派対立を助長することになっていると捉えるべきなのです。分かりやすく言えば、シリアの紛争は、宗派性を帯びた地域の代理戦争へとすでに変質しているのです。
会議に集まった専門家の間では、このような見境のない地域諸国からの支援が、中長期的にシリア紛争をさらに複雑化するばかりではなく、アサド体制が倒れたとしても、その後にダマスカスにいかなる体制が生まれるかについて、深刻な問題を提起するであろうとの見方でした。
中長期的に最も深刻な問題は、もともとアサド体制の下でムスリム同胞団を徹底的に抑えつけることによって達成された比較的世俗的な社会そのものが、戦いの深まりにつれて、イスラム主義者の台頭に見られるように過激な宗教性を帯びつつあることです。
シリアは巨大な「ガザ」となるのか?
筆者の知り合いのシリア北部イドリブ出身のシリア人ジャーナリストは、イドリブに住む4歳の子供を持つ1人の親友の話をしてくれました。
その友人は、イドリブがアサド体制側から最近解放されたにもかかわらず、結局、ヌスラ戦線やその他の過激なイスラム主義者が支配することになり、電気も水もなく、子供の学校さえ破壊されてしまったことを嘆き、もうここには住むことができないと、将来への絶望をスカイプを通じて吐露していたと言うのです。
次のページ セント・アンドリューズのシリア会議においては、専門…