日本の大学の先生はサヨクだらけだから何も分からないアホ学生はいくら国立大学といっても簡単に騙される。
反安保闘争は中国の操り人形 学生はいつも馬鹿だった
オツムが足りない人に武器と権力を与えると暴動を起こす。
レーニン以来の共産主義の伝統
引用:http://static.blogos.com/media/image/12090/1/ref_l.jpg
安保闘争をした60年代の学生達と、安保法制に反対する現代の学生達には共通点がある。
学生は社会の実体験が無いので、騙しやすく利用しやすいのを、付け込まれているのです。
学生という騙しやすい人達
安倍政権の安保法案が9月18日にも参院本会議で採決する見通しになり、例によって学生と老人が反対運動をしている。
「学生と老人」の組み合わせには重大な意味があり、1970年頃に学生だった老人が、現代の学生を騙して煽ってます。
学生運動の歴史は長く、幕末に騒動を起こした若者の多くが職を持たない、今で言う学生でした。
戦前の学生を考えれば分かるが、学生運動しても生活できないし、学業をサボれば卒業できず、大学を追い出されるだけです。
学生運動が盛んになったのは、戦後の混乱期を抜け出して高度成長が始まった1960年代でした。
この頃から学生は、遊んでいても親の仕送りで生活できたり、バイトで暮らしていけるようになった。
大学も学生には甘く、一日も大学に来なくても卒業させていたそうです。
有名な文化人や政治家にも、まったく大学に行かず、火炎瓶を投げたり棒を振り回したのを自慢する人たちが居る。
1960年代に学生運動が盛んになった大きな理由は、学生が裕福になり暇を持て余し、社会が甘かったからで、急に信念を持った訳ではない。
火炎瓶をオモチャ代わりに遊んだ、昭和の学生達が引きつけられたのは、毛沢東やレーニンといった共産主義の英雄達でした。
これには伏線があり、共産主義者を日本で英雄にしたのはアメリカ政府とGHQでした。
日本で共産主義を広めたのは
第二次大戦で日本、ドイツ、イタリアなどは共産主義ソ連を最大の敵としており、特にドイツはソ連を敵視していました。
日本もロシア革命で皇帝を倒した事から、共産主義は反天皇であるとして、国内で厳しく弾圧した。
一方アメリカやイギリスは日独に(最初)負けそうだったので、ソ連に助けを求め、共産主義を利用しました。
第二次大戦が終わり、GHQ(米軍)が日本を占領すると、日本政府が投獄していた共産主義者を全員釈放した。
そればかりではなく大企業や新聞社、マスコミには共産主義者を雇用する義務を課しました。
世界一の発行部数を持つ日本の某新聞で、戦前逮捕歴があった共産主義者が絶大な権力を握ったのは、こういう理由です。
NHKなどのメディアも、共産主義は平和主義者で、悪い日本を倒しましたのような放送を盛んにしていました。
もちろんNHKに多くの逮捕者や共産主義者がもぐりこんで、今日の「反日放送局」を作り上げていった。
GHQとアメリカ政府がこんな事をした理由は、日本には右翼に対抗する勢力は共産主義しかなかったからです。
戦前からある大企業には必ず、こうした黒歴史みたいなのが存在しています。
ネットを騒がせるいわゆる「反日企業」の大半は戦前からある古い企業か、その系列会社です。
まったくの新興企業が「尖閣諸島は中国の領土です」のような事を言う例は少ない。
毛沢東は、頭は良いが判断力が弱い学生を集めて、「社会を変えよう」と煽った。
そうして政敵を倒したのが学生運動の始まりです。
引用:http://images.takungpao.com/2013/0814/20130814080651108.jpg
知らないのは学生本人だけ
歴史ある古い企業ほど「反日」の理由は、役員や社長やオーナーが戦前の共産主義者だったり、その後継者だからです。
この状況に上手くつけこんで来たのは中国の指導者、毛沢東で、日本赤化計画というものを開始しました。
毛沢東は第二次大戦に勝った(と勝手に主張した)がその後の国内運営に失敗し、1960年までには失脚していました。
1965年頃から毛沢東は権力を奪還するための過激闘争を開始しました。
悪名高い「文化大革命」がそれで、まず騙しやすい学生を集めて集会を開き「君たちが社会を変えるのだ」と吹き込みました。
因みに社会の実体験の無い若者を集めて洗脳し、暴動を起こさせる手口はフランス革命でも、ロシア革命でも使用されていました。
学生に武器と権力を与えていきなり社会のトップの地位につかせ、それを毛沢東が操った訳です。
「紅衛兵」という学生の軍隊および警察みたいな組織をつくり、権力者を襲撃させ、ついに権力を奪還した。
毛沢東は再び共産中国の最高権力者になると、同じように「馬鹿な学生」を操れば日本を赤化できると考えた。
折りしも日本ではGHQの指導によって、共産主義は崇高な理念で、共産主義者は皆良い人だと宣伝していた。
何の苦労も無く中国共産党は日本の学生や教授を通じて侵入し、60年代から70年代の学生運動を指導しました。
学生達は中国に操られているのに最後まで気づかず、おそらく老人になった現在も気づいていません。
老人になった元学生達は現在の学生を騙しては、知ってか知らずか中国の為に働いているのです。
レーニン以来の共産主義の伝統
引用:http://static.blogos.com/media/image/12090/1/ref_l.jpg
安保闘争をした60年代の学生達と、安保法制に反対する現代の学生達には共通点がある。
学生は社会の実体験が無いので、騙しやすく利用しやすいのを、付け込まれているのです。
学生という騙しやすい人達
安倍政権の安保法案が9月18日にも参院本会議で採決する見通しになり、例によって学生と老人が反対運動をしている。
「学生と老人」の組み合わせには重大な意味があり、1970年頃に学生だった老人が、現代の学生を騙して煽ってます。
学生運動の歴史は長く、幕末に騒動を起こした若者の多くが職を持たない、今で言う学生でした。
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明治・昭和には民権運動的や愛国主義などがあったものの、それほど活発ではなかった。戦前の学生を考えれば分かるが、学生運動しても生活できないし、学業をサボれば卒業できず、大学を追い出されるだけです。
学生運動が盛んになったのは、戦後の混乱期を抜け出して高度成長が始まった1960年代でした。
この頃から学生は、遊んでいても親の仕送りで生活できたり、バイトで暮らしていけるようになった。
大学も学生には甘く、一日も大学に来なくても卒業させていたそうです。
有名な文化人や政治家にも、まったく大学に行かず、火炎瓶を投げたり棒を振り回したのを自慢する人たちが居る。
1960年代に学生運動が盛んになった大きな理由は、学生が裕福になり暇を持て余し、社会が甘かったからで、急に信念を持った訳ではない。
火炎瓶をオモチャ代わりに遊んだ、昭和の学生達が引きつけられたのは、毛沢東やレーニンといった共産主義の英雄達でした。
これには伏線があり、共産主義者を日本で英雄にしたのはアメリカ政府とGHQでした。
日本で共産主義を広めたのは
第二次大戦で日本、ドイツ、イタリアなどは共産主義ソ連を最大の敵としており、特にドイツはソ連を敵視していました。
日本もロシア革命で皇帝を倒した事から、共産主義は反天皇であるとして、国内で厳しく弾圧した。
一方アメリカやイギリスは日独に(最初)負けそうだったので、ソ連に助けを求め、共産主義を利用しました。
第二次大戦が終わり、GHQ(米軍)が日本を占領すると、日本政府が投獄していた共産主義者を全員釈放した。
そればかりではなく大企業や新聞社、マスコミには共産主義者を雇用する義務を課しました。
世界一の発行部数を持つ日本の某新聞で、戦前逮捕歴があった共産主義者が絶大な権力を握ったのは、こういう理由です。
NHKなどのメディアも、共産主義は平和主義者で、悪い日本を倒しましたのような放送を盛んにしていました。
もちろんNHKに多くの逮捕者や共産主義者がもぐりこんで、今日の「反日放送局」を作り上げていった。
GHQとアメリカ政府がこんな事をした理由は、日本には右翼に対抗する勢力は共産主義しかなかったからです。
戦前からある大企業には必ず、こうした黒歴史みたいなのが存在しています。
ネットを騒がせるいわゆる「反日企業」の大半は戦前からある古い企業か、その系列会社です。
まったくの新興企業が「尖閣諸島は中国の領土です」のような事を言う例は少ない。
毛沢東は、頭は良いが判断力が弱い学生を集めて、「社会を変えよう」と煽った。
そうして政敵を倒したのが学生運動の始まりです。
引用:http://images.takungpao.com/2013/0814/20130814080651108.jpg
知らないのは学生本人だけ
歴史ある古い企業ほど「反日」の理由は、役員や社長やオーナーが戦前の共産主義者だったり、その後継者だからです。
この状況に上手くつけこんで来たのは中国の指導者、毛沢東で、日本赤化計画というものを開始しました。
毛沢東は第二次大戦に勝った(と勝手に主張した)がその後の国内運営に失敗し、1960年までには失脚していました。
1965年頃から毛沢東は権力を奪還するための過激闘争を開始しました。
悪名高い「文化大革命」がそれで、まず騙しやすい学生を集めて集会を開き「君たちが社会を変えるのだ」と吹き込みました。
因みに社会の実体験の無い若者を集めて洗脳し、暴動を起こさせる手口はフランス革命でも、ロシア革命でも使用されていました。
学生に武器と権力を与えていきなり社会のトップの地位につかせ、それを毛沢東が操った訳です。
「紅衛兵」という学生の軍隊および警察みたいな組織をつくり、権力者を襲撃させ、ついに権力を奪還した。
毛沢東は再び共産中国の最高権力者になると、同じように「馬鹿な学生」を操れば日本を赤化できると考えた。
折りしも日本ではGHQの指導によって、共産主義は崇高な理念で、共産主義者は皆良い人だと宣伝していた。
何の苦労も無く中国共産党は日本の学生や教授を通じて侵入し、60年代から70年代の学生運動を指導しました。
学生達は中国に操られているのに最後まで気づかず、おそらく老人になった現在も気づいていません。
老人になった元学生達は現在の学生を騙しては、知ってか知らずか中国の為に働いているのです。