ひとつは、MRJのような航空機の製造には日本の強みが集約されていること。もうひとつは、グローバル市場を攻略するためのヒントが隠されていることである。このふたつのポイントは、航空機産業のみならず、他産業へも応用が可能だ。こうした意味で、MRJは単に三菱重工業の業績や日本の航空機産業の規模拡大につながるというだけにとどまらず、日本にとって非常に重要な意味を持つのである。
>是非政府も後押しして日本の重要な産業として商用化まで成功させてほしいものだ。
三菱重工がMRJに全力で挑む"真の意味" 「国産機が飛ぶ」という感動話だけではない
三菱重工業が手掛ける国産ジェット機、「三菱リージョナルジェット(MRJ)」の初飛行が話題となっている。「国産機が飛ぶ」という感動ストーリー的に取り上げられていることも多いが、実はそれ以外にも重要な点がいろいろある。
しかし、部品ではなくMRJという「完成品」を作るとなれば、三菱重工業が基本設計から、サプライヤーの選定、部材の調達、組み立てまで、すべてを自社で決めることができる。その一連の過程の中で、部品を効率よく調達し、生産手法を改良し生産性を上げれば、利益を向上させることもできるわけだ。
筆者はMRJの2023年の年間売上高を2500億円と予測した。リストプライス(カタログ販売価格)を1機当たり約4000万ドルとすれば、極端な例として2割引で販売したとしても1機3200万ドル。初飛行前までに確定受注だけでも200機以上の注文が入っていることから、順調に行けば年間に数十機以上コンスタントに生産されると見込んだのである。
この2500億円は、売り上げであることに注意していただきたい。航空機の場合、エアラインは10年、20年といったスパンで導入計画を立てるため、導入機数とその売り上げ予測はそれほど変動はしない。しかし、生産技術においてイノベーションが起こり、より低コスト、短期間で生産できるようになれば、利益率は予想以上に向上することも十分にありうる。
当初の計画では、主翼をCFRP(炭素繊維複合材)にすることで部材が高くなることが懸念されていたMRJだが、アルミ合金に変更されたことでこの懸念は少なくなった。主翼がアルミ合金でもライバル機より燃費性能は十分に高いとエアラインに評価されていることもあり、ビジネスとしては進めやすくなったともいえる。
CFRPの場合には、最終的な生産機数が500機程度にならないと赤字になるのではないかとも言われていたが、アルミ合金に変えたことで300~400機程度あれば損益分岐点を超えるという見方も増えてきた。生産機数が500機に達すれば(確定受注以外のオプションも含めればすでにMRJの受注はすでに407機)、MRJは順調な事業展開が保証されるという明るいシナリオも、それほど非現実的ではない。
すべての製造物責任は航空機メーカーにかかってくるため、サプライヤーからすれば理不尽なほど厳しい条件を付けることもある。たとえば、ある航空機メーカーと、そこにリベット(機体構造部位などをつなぎ合わせるための鋲〈びょう〉)を納めているサプライヤーの間で、トラブルが起こったと仮定しよう。
このサプライヤーは生産効率を上げるため、航空機メーカーの指定した手法から一部のプロセスを省いてリベットを製造したのだが、これが内部告発によって航空機メーカーの知るところとなってしまった。サプライヤーは何も安全性をおろそかにしたわけではなく、自社内で十分に強度試験を行ったうえで、このリベットの生産手法を採用し、十分な強度があることを説明したが、航空機メーカーは納得しない。「実際の航空機で20年間耐久試験を行ってみて、問題がなければ使用を認めるが、そうでなければ認めない」と言われれば、サプライヤー側も引き下がるしかないのである。
航空機の国際共同開発の歴史は長い。日本の機体メーカー、装備品メーカーはサプライヤーとして、1980年代からボーイングやエアバス向けにさまざまな部品やモジュールを供給してきたが、こうした国際的な分担生産の背景に、生産分担国の航空機需要が深く関係していると言われる。
簡単に言えば、たくさん買ってくれる国のメーカーには部品の注文を出す、あるいはたくさん買ってくれることを期待してその国のメーカーに注文を出す。こういったレシプロエンジン(往復動機関)の中のピストンの行ったり来たりのような、いわば「レシプロ取引」の考え方が底流にあることは否めない。
たとえば、かつてのボーイングと日本のエアラインの関係についてみると、日本のエアラインが2006年7月までに発注したボーイング機は826機、760億ドル(2004年の価格)で、日本は同社にとって世界最大の顧客であった。特に、JALグループは747(ジャンボジェット)の世界最大の顧客で、ANAは767の米国外における最大の顧客だった。
それが露骨に見られるのが、アビオニクス(航法システム)に関する航空機メーカー2強の関係だ。国際的なアビオニクス市場は、米国のロックウェル・コリンズと、フランスのタレス・アビオニクスの2社の寡占状態にある。ところが、ボーイングが採用しているアビオニクスは欧州のタレス・アビオニクス製、一方のエアバスは米国のロックウェル・コリンズ製と、たすき掛けの関係になるケースも少なくない。
サプライヤーへの発注という面では、ボーイングよりエアバスのほうが苦慮する傾向も見られる。エアバスは、フランス、ドイツ、スペイン、英国という4カ国の企業が合併してできたという経緯があるため、主要なサプライヤーもこれらの国々から優先的に選定される。日本のサプライヤーがエアバスの主要機体部位を手掛けていない背景には、こうしたエアバス側の事情もあるのだ。
サプライヤーの選定には、資源外交的な側面もうかがえる。たとえば、747‐8のパイロン(エンジン取り付け部)の製造は、プレシジョン・マシーン・ワークス(米国)が担当するが、材料のチタンの調達には、ホン・ユアン・アビエーション・フォージング・アンド・キャスティング・インダストリー(中国)が当たっている。
近年は、ボーイングとエアバスの中国市場取り込みがエスカレートしている。ボーイングはラダー(方向舵)、前方ドア、自動緊急脱出装置など、787の構造部位の約10%を成都航空機工業など中国の航空機メーカーに発注したと言われる。エアバスは中国企業と合弁で、天津に中国国内向けA320の最終組立工場を建設してもいるのだ。
確かにMRJはライバル機に比べて圧倒的な燃費性能を誇り、なおかつ居住性にも優れた、すばらしい機体である。順調に飛行試験が進んでいけば、世界的なベストセラー機になっても何の不思議もない。それでも、MRJ1機種による年間の売上高は、前述のとおりせいぜい2500億円程度と見込まれる。2023年の航空機市場規模予測が2.4兆円なので、その1割というのはもちろん大きな金額ではあるが、約60兆円ある自動車産業に比べたら大したことはない。
ひとつは、MRJのような航空機の製造には日本の強みが集約されていること。もうひとつは、グローバル市場を攻略するためのヒントが隠されていることである。このふたつのポイントは、航空機産業のみならず、他産業へも応用が可能だ。こうした意味で、MRJは単に三菱重工業の業績や日本の航空機産業の規模拡大につながるというだけにとどまらず、日本にとって非常に重要な意味を持つのである。