今年の世界経済フォーラム年次総会「ダボス会議」の公式テーマは「世界の再形成(Reshaping the World)」という、予想されたように穏やかなものとなった。しかし、その非公式スローガンは「米国が戻ってきた」になるだろう。今年の経済成長率が3%に達する見通しであることに加え、新興国市場にまつわる懸念もあることから、ダボス会議は米国に対して数年ぶりに強気な見方を示すことになりそうだ。
人道支援を行うため出動したオスプレイ「MV-22」のパイロット=AP
しかし、米国経済の再生と、「唯一の超大国」としての米国の役割の復活とを混同してはならない。米国はむしろ、世界の警察官役からゆっくりと手を引きつつある。これこそが、今日の国際政治の世界で浮上している最も重要なテーマだ。
■米の存在感低下はあちこちに
現在、米国と最も親密な国々の中にも、国際社会で米国の存在感が低下していると率直に語るところがある。フランスのローラン・ファビウス外相は先日行われたある講演で、「米国からは、もう危機には巻き込まれたくないと思っているような印象を受ける」と語っていた。その結果、米国の同盟国は「危機が生じても自力で対処するしかなくなる可能性を次第に計算に織り込むようになってきている」という。
これにはイスラエルでさえ対応しつつある。同国のアヴィグドール・リーベルマン外相は先日、「イスラエルと米国の結束は弱まりつつある。今日の米国が抱える課題はあまりにも多い」と述べていた。中東におけるもう1つの主要同盟国のサウジアラビアも同様な分析をしており、米国が撤退しようとしていると見なして腹を立てている。
バラク・オバマ大統領率いる米政権がシリア紛争への軍事介入をかなり渋ったことから、米国は中東から手を引きつつあるという非難の声が強まっている。欧州の政策立案者たちも同様な不安を抱いている。アジアへの「ピボット(旋回)」という米国が打ち出した有名な方針は、北大西洋条約機構(NATO)や欧州の同盟国に対する関心の低下を意味するのではないかと懸念しているのだ。
一方、アジアの同盟国も満足しているようには見えない。例えば日本は、中国が東シナ海上空に「防空識別圏(ADIZ)」の設定を宣言した時に米国が断固たる態度を取らなかったと考えている。またフィリピンは、係争中のスカボロー礁を中国が実効支配した時に自分たちは見捨てられたのだと感じている。
オバマ政権の高官たちは、米国が手を引きつつあるというこれらの話は大げさだと反発する。彼らに言わせれば、米国はシリアの和平交渉を主導しており、イランの核開発問題やイスラエル・パレスチナ問題を巡る協議にも同様にかかわっている。また欧州、アジア太平洋、中東の安全保障体制の主たる担い手であることにも変わりがないという。
それでも、オバマ政権下の米国が、軍事力を実際に行使することを以前よりも渋っていることは明らかだ。米連邦議会がシリアへのミサイル攻撃の是非を議論した時、国内の反対論が強いことを米国政府はすぐに察知した。
■エリート層に広がる「関与に疑念」の見方
半ば孤立主義的なムードが新たに広がっていることは先週、調査機関ピュー・リサーチ・センターの世論調査によっても裏付けられた。これによると、米国人の52%は「米国は、国際的には自国の問題に専念すべきであり、ほかの国々には、自力で進める最良の道をそれぞれに進んでもらえばいい」との見解に同意しており、同意しないという回答はわずか38%にとどまった。
ピュー・リサーチのブルース・ストーク氏が指摘するように、世論調査ではこの質問が50年近く前からなされているが、今回の結果は「米国は自国の問題に専念すべきだという方向に史上最も大きく傾いたもの」になっている。
ストーク氏はこれを、「米国が世界のほかの国々に関与することへの支持が、過去に例がないほど落ち込んだ状態」と表現している。おまけに、外国への関与に対するこの懐疑心は、米国の政策決定を担うエリート層にまで広がっている。エリートのシンクタンクである外交問題評議会(CFR)の会員を対象にピュー・リサーチが調査を行ったところ、エリートたちの見方が一般国民とおおむね同じであることが示された。
米国が内向きになる理由を特定するのは難しくない。経済危機はオバマ大統領に「国内での国造り」に専念するよう仕向けた。一方、イラクおよびアフガニスタンでの戦争のトラウマは、米国が中東の混沌(こんとん)に手を出すことに対する無理もない意欲喪失をもたらした。
また、米国の新孤立主義にはもっと前向きな理由もある。シェールガス革命は米国の「エネルギー自給」の可能性を高めた。米国は2015年までに再び世界最大の石油産出国になる。世界のエネルギー市場の乱高下は、まだ米国経済に多大な影響を及ぼす可能性がある。だが、エネルギー安全保障はもはや、世界的な関与を是とする論拠としてはそれほど説得力を持たなくなっている。
米国の孤立主義的なムードが、単なる一段階にすぎない可能性はある。米国は第1次世界大戦後とベトナム戦争後にも、これと似た内向きの時期を経験した。どちらの場合も、国際的な出来事が発生し、米国は国際問題に再び飛び込むことを余儀なくされた。米国経済の復活はより外向きなムードを生み出すかもしれない。
しかし、その一方で、今回の不干渉への転換は循環的というよりは構造的なものであり、他の大国、特に中国の台頭に静かに適応しつつある米国を反映した動きである可能性もある。
だが、今のところ、政治的かつ安保上の新たな空白に適応しているのは、米国以外の国々の方だ。米国は「必要不可欠な国」だというクリントン派のスローガンはうぬぼれが強かったかもしれないが、それは事実でもあったことが分かっている。フランスのファビウス外相が認めたように、「軍事的な観点に立つと、米国に取って代われる国は1つもない」のだ。また、もし米国が行動できない、あるいは行動しない場合、「大きな危機をそのまま悪化させてしまうリスク」があると同外相は話している。
この見解の真理は今、シリアから尖閣諸島、中央アフリカ共和国に至るまで世界各地ではっきり見て取れる。ひょっとすると、これはダボス会議でいくつかの夕食会に水を差す可能性さえある考えだ。
By Gideon Rachman
(2014年1月21日付 英フィナンシャル・タイムズ紙)
(翻訳協力 JBpress)
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